「健康で幸福」というまやかし、あるいは「体の贈り物」
ボクたちは生きている。
これが真実として、じゃぁ、ボクたちは生きているから幸福だろうか?
そんなことはないと思う。生きていることが、幸福の条件になってしまったら、死んでいった人たちも、これから死にいく人たちも、みんな不幸だということになってしまうではないか。それに、毎朝、起きて、あの呪われたような職場に出かけて行くことを、「あぁ、超ハッピー!!」なんて言えないではないか。(ボクはへらへら笑っている技術に長けているけど。)
「ボクたちは生きている。」
とりあえず、ここから始めてみるとして、次はどんなことが巻き起こるだろうか。
ボクたちは生きていて、そして、空気を吸う。
(空気という贈り物を授かる。)
ボクたちは生きていて、冷蔵庫に入った冷たい水を飲む。
(あるいは、水という恩恵に預かる。)
ボクたちは生きていて、かわいい女の子を視線の外側で追う。見てないふりをして。
(「かわいい」というのは、まぎれもなく神の恩寵である。)
ボクたちは生きていて、ヒドイ目にあう。たとえば、買ったばかりの傘をコンビニで盗まれたり。
(まさに、レ・ミゼラブル。)
ボクたちは生きていて、買ったばかりのスニーカーを履いた日に土砂降りに見舞われる。
(もちろん、ため息。)
要約するとこういうことになると思う。
「ボクたちは生きている。そしてときどき、思いも寄らない贈り物を受け取って、ときに泣いたり、ときに笑ったりする。」
そう、できる限り簡潔に言えば、そういうことになると思う。
「生きている」ということが、必ずしも幸福の条件だとは言えない。
レベッカ・ブラウンの「体の贈り物」について。
「体の贈り物」は、末期のエイズ患者の看護を仕事とするホームケアワーカーを主人公にした連作短編小説です。なんて説明すると、「あぁ、そういうの全然興味ない。」とか、「そういう重いの、いまはあんまり読みたくないんだよね。」という、ため息まじりの沈黙が聴こえてきそうだけれど、とにかくまずそう説明しないわけにはいきません。だれがなんといおうと、小説全体を覆う設定は否定しようもなくそういうことになっています。
それでも、少し詭弁を使っていいのなら、こうも言えます。これは、「贈り物」に関する小説です。我々の生活には、望むと望まざるとに関わらず圧倒的に「贈り物」に溢れている。いうまでもなく「贈り物」はいつだって、心躍るものです。
だからたとえば、ホームケアワーカーである主人公が、末期のエイズ患者に対して、ナイチンゲールなみの天使的な優しさを発揮して、無償の献身の果てにすべての患者達が清々しい死を迎えるみたいな、そんなヤボったくて重苦しい小説を想像していたらそれは幸いにも勘違い。
本書における「贈り物」のあり方は、実に多様です。
主人公から患者へ贈られる配慮という贈り物だったり。
患者から主人公へ贈られるシナモンロールという贈り物だったり。
お風呂のあとの患者の肌に触れる心地よい空気という贈り物だったり。(空気ですら贈り物なのだ。)
死以外には出て行くことができないホスピスから「自力の失踪」という贈り物だったり。(他の患者達のあいだで伝説になる。)
苦しむ幼なじみの友人に贈った、患者同士の「死」という贈り物だったり。(そこではもう「死」そのものですら、彼らを救済する贈り物なのだ。)
小説の後半に収録された「姿の贈り物」(各章は「○○の贈り物」というタイトル)のワンシーン。
毎日の生活に少しずつ言葉にはできない疲労を感じ始める主人公は、病床の患者の疾患をみて目をそらしながら、病床に臥す患者にむかって、残酷な思いを巡らせるシーンがあります。終止穏やかな調子を整えた小説の中にあって、そのシーンは、その残酷さゆえに、胸を打ちます。
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「でもあなたはそこで病気になったわけよね。そこから死にに帰ってくることになったわけよね。」と考えていた。そんな風に考える自分がすごく嫌だった。でも私はこう自分に言い聞かせもした — 私自身は正しいことを感じたり考えたりできなくても、とにかくこの人は食べ物を与えられているし、シーツも替えてもらっているし、キッチンを掃除してもらっているし、体に軟膏を塗ってもらっているじゃないか、と。
---「体の贈り物」より
ボクたちが、笑ったり、悲しんだり、楽しんだり、つまづいたり、怒ったり、苦虫をかみつぶしたり、貧乏揺すりしたり、舌打ちしたり、吐き気を催したり、ちょっと小躍りしたり、あくびをしたり、そのまま居眠りしたりできるのは、だれかから、なにかから贈り物を受けとっているからなのです。
合コンでの用例:
「ボクからの贈り物は、この笑顔と、この笑えない冗談だけだよ。」
本当に笑ってもらえないのだから、嘘つきでないことだけは伝わるはず。
さて、「健康で幸福だなぁ」なんていうのは、愛国心の育成と徴兵制を正常に機能させるために帝国主義が開発したまやかしだというようなことを明らかにしたのはたぶんミシェル・フーコーだったと思うのですが、とりあえず意中の女の子に素敵な贈り物を贈りたいという方は、こちら。
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著者:レベッカ ブラウン
販売元:新潮社
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柴田元幸訳
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