あなたに主体性なんてない
今日も、服従する主体性について書かねばなるまい。
さて、ニーチェなみに悲壮感全開で書き出してみました。本当は、ビールの飲み過ぎで酔っぱらっているだけです。
酔っぱらって権威についてなにごとかを書こうという試みが、すでに権力の傘下に下ったが故の所作であるとかなんとか言われたら、否定しません。主体性はボクにも皆無です。でも、いいんです、それで!!なんせ、現代の若者は、究極的に被搾取者でありながら、究極的に楽観主義なんだもん。
ちなみに、ボクの友人に「あー、ドモホルンリンクルの雫を落ちるの見届ける人になりてーな」と、本気で切望しながらネットワークエンジニアとして、時給3500円くらいもらっているヤツがいます。さて、どちらが被搾取的か?酔っぱらっているので、よくわかりません。
よくわからないので、本題に入ろうと思います。
先日、クライアントのコールセンターに往訪したときの話です。
現代のコールセンター(いまはコンタクトセンターというのだとか)というのは、見たことも聴いたこともないようなシステムが完備されていて、たとえばセンターに問合せのあったすべての通話を録音するシステム(分析やクレーム対応時に利用するらしい)だとか、通知された電話番号から顧客情報を呼び出すCTI(なんの略か忘れました)と呼ばれるシステムやら、顧客対応からマーケティング活動までのCRM(カスタマーリレーションシップマネージメント)を一手に引き受けるSFA(セールスフォースオートメーション)システムとか、とにかくカユいところに手が届いた、偏執狂的顧客至上主義が成立しています。(見ていて「肩が凝るのは日本人だけ」という話を思い出しました。)
そう、そんで、その中にとっても興味深いシステムを発見したのです。
コールセンターの対応中のメンバーが、いまなにをしているのか?というのを一望できるセンタービューシステムというシステムです。どういうシステムかというと、当日の目標値に対しセンター全体でどのくらいの件数を処理しているか?とか、個人別に通話時間が長くなっている人間がいないか?とか、休憩時間は適切にとられているか?などを監視することのできるシステムなのだそうです。このシステムは、もちろん電話をとっている人間の席にあるのではなく、SVと呼ばれる人間の席にだけ、鎮座ましましているというわけである。
さて、これはもう、まさにあの「パノプティコン」にほかなりません。
監視されている人間には、監視されているかどうかの事実性を判断することはできないが、見られている可能性については常に意識せざるを得ないこのシステムは、ジェレミー・ベンサムによって考案され近代資本主義の基本モデルとして機能した(そのことを明らかににしたのはミシェル・フーコーですが)「パノプティコン」と、寸分違わぬ機能性を保持し、そしてまさにそのように機能しているのです。
その前に、あまりに偏執狂的かつ神がかり的なインフラを目の当たりにしているものだから、突如目の前に現れた「パノプティコン」的装置に、ニーチェからフーコーに引き継がれた予見を思い出して、強い目眩を感じてしまいました。
でも、もしかしたら、イタリア人と昼休みに飲んだビールのせいかも。
合コンでの用例:
「見られると興奮するっていうのは、むしろ正しく学校教育を受けて来たからに違いないから胸を張るべきだぜ。」(下ネタにだって知性はつきものです)
さて、「見られたい」という願望が、「パノプティンコン」的情操教育の産物によるものかどうかは、正直不明ですが、「パノプティコン」について理解を深めたいという方は、先日紹介したミシェル・フーコーの「監獄の誕生」を。その前に入門書という方は、こちら。今日は二冊。(前述の「肩が凝るのは日本人だけ」というエピソードは内田樹に詳しい。)
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著者:内田 樹
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